僕は札幌で生まれ育ち、導かれるように奥尻島へ移住しました。
便利な世界も、不便な世界も、どちらも経験してきて、どちらも好きです。

便利とは「速度」。
もし急いだ先に幸せの終着駅があるなら、より早く、より効率的に進めばいいのかもしれません。でも実際はどうでしょう。
計画を立てれば立てるほど、予定通りにならないことに焦り、苛立ち、急げば急ぐほど「今、此処」を生きることが難しくなり、気づけば心は忙しさに飲み込まれていませんか。

忙しいとは「心」を「亡くす」こと。
つまり、生きているようで生きていない状態です。
そこに「幸せ」はあるのでしょうか?

21歳の頃、僕はバックパッカーとして世界を放浪していました。
目的地は“ゴール”ではなく、そこへ向かう途中で起こる予想外の出来事や、人との縁を楽しむための“手段”でした。
余白のある旅の中で、自分と対話し、言葉の通じない人々と笑い合い、寝食を共にする。
何かを期待して生きるのではなく、目の前の出来事一つ一つを面白がりながら過ごす旅が、僕は好きでした。

人生も旅そのもの。
どこへ行き、何をするかよりも、「今すでに此処にある奇跡」に気づくこと。
過去でも未来でもなく、「今、此処」に還ること。
「もっともっと」と不足を探していた自分が、「今」がどれほど満たされていたかに気づくこと。

物や情報が溢れ、豊かになったように見える現代。
でも本当に「豊かだ」と感じて生きている人は、どれほどいるのでしょう。
何でも揃うことが当たり前になった世界で、感謝はどこへ行ったのでしょう。
奥尻島では、フェリーが欠航すると「もやし」すら手に入りません。
卵が何ヶ月も買えないことだって珍しくありません。

日本語の「有難う」は「有ることが難しい」と書きます。
“何もない”と言われる島だからこそ、「有る」ことに気づく感性が蘇り、
何気ない日常が感謝で満たされていきます。
札幌で暮らしていた頃とは比べものにならないほど、僕の「今」は感謝で溢れています。

ちなみに僕はラーメンが大好きで、島を出た時は、命懸けでラーメンを食べに行きます。
超集中して真剣に食べます。笑
幸福感と感謝に浸りながら店内を見渡すと、
YouTubeを観ながら食べている人がいるではないですか。
「この人、ラーメンを胃にいれているだけだ…」と愕然とします。笑
何が正しいか、何が良いか、を言いたいわけではありませんが、
人間は一つのことに集中することすら難しいのに、(試しに、一呼吸だけでいいので、呼吸にだけ意識を集中してみてください)
同時に二つのことに集中することは簡単ではありません。
まずは、食べる時は食べ、観る時は観る。
一つのことを丁寧に味わい尽くす「今此処体験」を、スマホ中毒者だらけの今だからこそ届けたいと思っています!

奥尻島で、リトリートという名の「島暮らし」を通して、
多くの人の“当たり前”が“有難う”へと変わり、
日常が奇跡の連続であることに気づいていくと信じています。

何を隠そう、僕自身かなりのせっかちで、頭の中は「次へ、次へ」でいっぱいです。
(回転寿司で、お寿司を口に運びながら「次何食べようかな?」と考えしまうのは僕だけですか?笑)
だからこそ、「今此処」を生きることの難しさと素晴らしさを痛いほど知っています。
奥尻島の大自然に身を委ね、余白のある島時間の中で、瞑想し、呼吸に意識を向け、丁寧に生きることで、以前より圧倒的に「今を生きている」実感があります。
それに比例するように、幸福度も上がっています。

この感覚を、みなさんと共有したい。
AI時代こそ、自分の身体を通したホンモノの自然での「今此処体験」は、
多くの人を癒し、自己変革を促し、誰でもない“自分自身の人生”を生きる力になると確信しています。

今後、様々なリトリートを企画していきますので、
心がビビッと動いたタイミングで、ぜひ参加していただけたら嬉しいです。

最後までお読みいただき、有難うございました。